精霊シヴィラの過去。ラスに繋がるお話。


◇ 繰り返される神話 ◇

王女シヴィラは今まさに戦火に飲まれようとする都を見下ろしていた。

この国は滅びる。
敵国の侵略と共に刻まれてきたその歴史に相応しく、欲に溺れた者達の手により蹂躙され、
終焉を迎えようとしている。

しかし、彼らは間もなく理解するだろう。
何ひとつとして、手に入れることなどできなかったことを。

この大地には底の知れぬ裂け目がある。
それは覗いた者の心を覗き返す深淵。異界の入り口。
全ての始まりであり、そして全てが還る場所。
触れてはならないもの。知ってはならないもの。

遥かな昔、大いなる力によって選ばれた若者が、その上に『門』を築き、裂け目を封印した。
彼は子孫を絶やさず、未来永劫この土地を守り続けることを誓った。
いつしかそこに多くの人間が集まり、彼は統率者として皆を導いた。
それがこの国の成り立ちだ。

それを神話と呼ぶ者がいる。
王家の始祖が神の血筋に連なることを示唆する文献など、ひとつとして存在しない。
だが、遥か遠い神々の時代に物語を重ね、建国神話と崇める者がいる。
反対に、王家に畏敬の念を抱かせるための偽りだという意味を込めて”神話”と蔑む者もいる。

そして、この国を侵略しようと目論む国々の統治者達は皆、後者だ。

戦の前に行われた話し合いの場でも、彼らはその調子でこちらの訴えを一笑に付した。
国が失われようと、門番としての役割を奪わないで欲しいという願いは、くだらないと退けられた。
それは、この国にもたらされている魔力という恩恵が、あまりにも強大過ぎるからだ。
力を欲する彼らの目には、この国の王族もまた、この地に満ちる力を独占することを第一に考えているように映るのだろう。

欲に狂った者達には、何も届かない。
いずれ『門』も破壊されるだろう。
それとも、『鍵』である王家の血筋が途絶えるのが先か。

シヴィラは、腕の中で眠る赤子を見つめた。
戦の中で生まれた、兄王の子。
母は産後間もなくして亡くなった。
敵の刃に倒れた父王の王位を受け継ぎ、戦の指揮を執っていた兄王も、既にこの世を後にした。

自分とこの赤子の2人が、王家の生き残り。

シヴィラは赤く染まる夜空を見上げた。
そこにはこの国の行く末を見届けようとしているかのように、冴え冴えと輝く月があった。

「――王女よ。やはりここに居られたか」

シヴィラの護衛隊長が歩み寄り、武人としての最高礼を執る。
古参の将は目を背けたくなる程の手負いだったが、それと感じさせぬ身のこなしを貫いている。

「……民達はどうだ」
「……皆、この地を離れぬと申しております」
「…………そうか」

全ての始まりであり、全てが還る場所。
遥かな昔に交わした異界との盟約が生き続ける土地。
この地に安寧をもたらすために選ばれた者の子孫が治める国。
それは王族だけではなく、民の誇りでもある。
苛烈さを増していく侵略の手をもってしても、奪うことはできない、絶対のもの。

この国と命運を共にしようという民の想いに、シヴィラの心が決まる。

「お前は御子を連れ、落ち延び、そして生きろ」
「……御意」

しっかりと力強く、赤子を抱いたその手に、兄王の形見の指輪を握らせる。

どれほど過酷な難題だろうと、心に決めたからには、この老将は必ず成し遂げるだろう。
シヴィラが幼い頃から今日までを守り抜いた彼だからこそ、託した想い。

つかの間見つめあうと、彼の目が優しくほころぶ。
それは武人としてではなく、幼い頃の彼女をあやした時と同じ顔つきで。

次の瞬間には武人としての顔に戻った彼は、目礼すると、シヴィラの元を去っていった。

「…………さて。この宮には私とお前だけだ。……おいで。話をしよう」

一陣の風と共に、異形の獣が現れる。
この戦を生き抜くために、特別な契約を用いて異界から召喚した聖獣だ。

聖獣は静かにゆっくりとシヴィラに身を寄せ、親愛の情を示してくれた。

「優しい子だね。……そんなお前に、多くの命を奪わせてしまった。許しておくれ」

どこまで言葉が通じているのかは分からない。
しかし、こちらが話すことにじっと耳を傾けている。
だからシヴィラは話し続ける。

「この国は今夜滅びる。いずれ門が壊され、今まで押さえ込まれ抑圧されていた力が、
全て噴き出すだろう。 どうなるかは分からない。……が、多くのものが失われるだろう。
命、歴史、もしかしたらこの大地すら。

だけどお前は違う。異界の住人であるお前が、異界の力で消えてしまうことはないだろう?
だからお願いを聞いておくれ。

……全てが失われた後、いつになるかは分からないが、この場所にいつか必ず、
私と同じ血の流れる者が帰ってくる。
血がそうさせるんだよ。己の中に刻まれた何かに導かれ、彷徨うのが人間だからね。

だから、王家の子孫が戻ってくるその日まで、お前はここを守り続けておくれ。
……なんだ、心配そうだな? 大丈夫。出会えばきっと分かるよ。
その時、私もお前と再会しよう。……いいか? これは契約じゃない。お前と私との約束だ。
……会えるとも。もし姿形が変わっていても、お前なら私と分かってくれるだろう?」

             ** ** ** **

敵国の兵士達が王宮を占拠し、生存報告のなされていた王女と王子をくまなく捜索したが、
2人の姿はどこにも見当たらなかったという。

暴れ狂う巨大な魔物が次々と侵入者の命を奪う中、どうにか逃げ出した1人の兵士がやがて迷い込んだ先は、洞窟のような場所だった。
そこは、暗く。重く。
何かの息使い、あるいは鼓動のような、しかし生よりも死を連想させる何かに満ちている。

王宮の地下に広がるむき出しの地面に、目を疑う程巨大な亀裂が走っている。
兵士の脳裏に、仲間の噂話がよぎる。
この国の成り立ちと言われているおとぎ話だ。

兵士の足が震える。

ふと、この空間に似つかわしくない物の存在に気がつく。

薄絹だ。

恐る恐る拾い上げると、それはまるで、この国の巫女が身に付ける装束を思わせる、高貴な質感だった。

薄絹と、その先からこちらを見つめる黒い裂け目。

恐ろしいと思いながらも、兵士は確かめずにはいられなかった。
その穴の中を。薄絹の持ち主の行方を。

             ** ** ** **

あの日、世界から1つの国が消失した。

この物語を、後世の人々はどのように語り継いでいくのだろう。

月は今夜も変わらずそこに在る。

同じように、今夜も彼女は変わらずそこに居る。
褐色の肌に、豊かな砂色の髪をなびかせて。


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