月夜の晩。
自分に与えられた学園内の部屋にて悩ましい時間を過ごすルイ。
彼が深夜の泉に向かうまでのお話。


◇ 月夜の導き ◇

――報告をまとめる為に必要だったこれらの書物も、用が済んだなら速やかに返却するべきだろう。
積み上げてあった数冊を手に取りながら、昨夜彼女が座っていた椅子に意識が向いた。

これが初めてではない。
あれから幾度も、気がつけばこんな風に昨夜の出来事を思い出していた。

逃げるようにこの部屋を出て行った彼女。

あの時、それまで笑みを絶やさなかった彼女の表情は、いつの間にか翳っていた。

いくつかのやり取りを思い出し、反芻する。

『――また、会えますか』

――今思えば、私の受け答えは全て事務的で、あまり友好的とは言えなかった。
彼女の様子が変わったのは、あの後からだ。
この数日間、彼女とは共に過ごす時間が多くあった。
彼女には親しみを感じているし、恐らくは彼女もそうなのではないかと思う。
だからこそ、彼女は私との別れを惜しみ、また会えるのかと聞いてくれたのではないか。
昨夜はそのことに思い至らなかったが、よくよく考えてみれば、そういうことなのだろう。

――その気持ちを、私の態度が傷つけてしまったのだろうか。

「………………」

少し考えて、しかしそれは何か違うようにも思えた。

出会ってから今日まで短い間だが、彼女には驚かされることが多くあった。
そう、例えば舞踏会の夜も――

『か……、髪の毛サラサラですね!』

突然何を言い出すのだろうと思った。
以前にこの会話に結びつく何かがあっただろうかと思いを巡らしてみても、
何も思い当たらず、言葉に詰まった。

『あ。って、ごめんなさい! 突然変なこと言いました!』
『……ああ……、いや……そうだろうか。意識したことは無いが』

彼女にしてもあれは唐突で、何の脈絡の無いものだったのだ。
それが分かると、なぜだかほっとする自分がいた。

『え、そうなんですか? 1本欲しいとか言われたこと無いですか?』

ほっとしたと思ったのは何に対してだったか。
思わずもう1度、以前にこの会話に結びつく何かがあっただろうかと考えてしまったが、
やはり何も思い当たらなかった――。

書庫で頬に傷を負った時もそうだ。
自分の怪我よりも、私の探していた書物を見つけたことのほうが大事だと言うように微笑んでいた。

あれにはさすがに言葉を失った。

彼女とのやり取り、そして交わした言葉の数々を思い出す程、
彼女はものの見方や感じ方が人とは違うのかも知れないと思えた。

加えて、自分の行為が他人に及ぼす影響というものを、とても憂慮している。
恐らくとても繊細な心の持ち主なのだろう。

それを思えば、昨夜の彼女の胸中を私がいくら推し測ってみたところで、
察するのはひどく難しいことのように感じられた。

あれこれ想像を巡らすよりも、直接理由を尋ねたいと思った。

だが、今日に限って彼女に会うことは無かった。
彼女の部屋を訪ねることも考えたが、それは厚かましいことのように思えたし、
そうすることで彼女を煩わせてしまうのは不本意だった。

――傷つけたのでなければいいが……。

知らず、ため息が漏れる。
燭台の炎が揺れ、初めてそれと気づく。

「…………?」

炎の揺れは収まらず、一定の方向へ細く流れている。

ふと窓を見ると、いつの間に開いたのか、わずかな隙間から室内へ夜気が流れ込んでいた。

しっかりと閉じたはずなのに、立て付けが悪いのだろうか?
不審に思いながら窓辺に近づくと、月明かりに照らされた木々の合間に人影が見えた。

彼女だ。

何かを抱きかかえ、森の中へと消えていく。
夜の闇に浮かび上がるその姿はとても儚げで頼りなく見えた。

胸がざわつく。

――駄目だ。
そう、あの方角は――

 

     ** ** ** **

 

森を抜け、深夜の泉へと向かう少女。
その影を追う男。

小さくなっていく2人を見つめて微笑む魔術師が1人。
今夜の彼女は古の魔法使いさながら、彼らに小さなおまじないをかける。

その懸命さゆえに、失敗ばかりしてしまう少女のために。

その小さな失敗が、幸運に導く光に変わるようにと。


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